<はじめに>  出発前日まで 10月22日(金)       P4
 堀先生の研究室から今年度の海外研修旅行案がファクスされてきたのは、随分前(4月12日)のことだった。県職員になって21年目にして初めて土木部に異動してきた私にとっては、見るもの聞くもの初めてのことばかりで、毎日が驚きの連続だったが、その中でも特にびっくりしたのは昨年度のパリ景観研修の話だった。その頃はまだ菱沼さんが休日返上で記録のとりまとめに汗を流していた頃だったが、4月早々の引継ぎの時から菱沼さんの話は驚異的だった。曰く、「パリに着いたとたんに中国人に間違えられて「ニーハオ」と言われた」「食事の注文取りを堀先生にさせた」「夕食後ホテルに帰ってから毎晩ワインを2本空けた」等々。もちろん、いかにパリ景観研修が有意義であったかという本題の話も山ほど聞かされたが、県庁にもこんな人達がいたのかと、正直驚いたものだった。
 さて、今年度の調査対象は、堀先生、近ツリの斉藤さんを交えて検討した結果、南フランスに決まったわけだが、出発に先立って、改めて堀先生の言葉を借りて調査の目的を確認しておきたい。
 なお、参加資格はただ一つ「山形の県土に愛着を持ち、山形を良い県にしたいと思う人」だ。
・参加者が都市や地域の「理想の形」を少しでも多 くストックすることにより、山形県の公共事業の 質を高める
・一個所にある程度の期間滞在することにより、街 や地域を「楽しむ」ことを知る
 我々23人(堀先生と通訳の寺本さんを入れて25人)のメンバーは、これらの目的に少しでも近づこうという意欲に燃えて結集したわけだが、ハンドマイク(拡声器)とモンテディオの旗と36枚撮りのフィルム700本を持ち込み、さらに景観研究会のワッペン(表紙裏)を作成し、まさに万全の態勢で今回の海外研修に臨んだのであった。
 なお、この海外研修は、昨年度同様、山形県建設技術センターをはじめ、数多くの方々のご理解とご協力を得て可能となったものです。
 また、堀先生には、9月末に胆のうの摘出手術を受けられた直後という極めて厳しい状況にもかかわらず、我々をご指導いただいたことに対しまして、重ねて厚くお礼申し上げるものです。
 心配していた拡声器もすんなりOKとなり、結団式が行われた成田空港第1旅客ターミナルビル4階のVIP ROOMに全員の集合が完了したのは、午前10時少し前だった。近ツリの斉藤さんと堀先生から最後の説明があり、いよいよ出発間際の緊張感が会員の間に漂ってきた・・・と思ったが、出国手続き後の待合室で、隊長と副隊長はウイスキーの水割りを、主任添乗員ほか数名は218円の缶ビールを飲んでいる。旅慣れた(?)隊員の姿にほっと胸をなで下ろしたが、VIP ROOMで出発直前まで原稿を執筆されていた堀先生の姿を見たのは私だけだったであろうか。これから先の行程を暗示するような風景ではあった。
 定刻の12時ちょうどに車輪止めがはずされ(たような気がした。)、エールフランス275便は動き出した。12時25分離陸。途中気流の関係で何度か大きな揺れがあったこと、到着予定のFターミナルでなくCターミナルに到着したことを除けば、ほぼ予定どおりの11時間45分の飛行時間を経て、フランス時刻午後5時10分、機はパリ・シャルルドゴール空港に到着した。
 実は、飛行機が予定どおり飛んだのはこれが最初で最後だった(これについては、後で。)。


 写真1 シャルルドゴール空港Fターミナル
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